シュートを打たないフォワードの続き

先日、シュートを打たないフォワードの話を書きました。ちびっ子のサッカーチームの試合で、ノーマークのフォワード三人が誰もシュートを打たずパスしてしまうお話でした。フォワードの子供たち曰く「自分がシュートを打つと目立つから。。」

それと似た話もあります。7月末の暑い時期にある先生が授業のためクラスに行くと、教室の窓際の窓が閉めてありました。着席した学生は窓の閉め切られたクラスで授業を待っています。ゆうにクラス内の温度は30℃を超えていそうです。先生が窓際の学生に「なぜ窓を開けないの、暑いだろ」と言うと、その学生曰く、「自分だけが窓を開けるのもどうかと思って。。」

シュートを打たない、窓を開けない消極的な態度を生み出すものは一体何なのでしょうか。シュートを打たなかったり窓を開けなかったりに目が行きがちですが、、、、、、実はシュートを打って失敗すると後でチームメイトから何か言われたりするのかもしれませんね。あの子だけシュートを打たせるのはおかしい、という人が出てくるのかもしれません。窓を積極的に開けるとクラスの中で何か言われるのかもしれませんね。

その結果、生み出される集団は「シュートを打たないチーム=勝てないチーム」や「暑くて授業の出来ない学生も授業に集中できないクラス=成績の上がらないクラス」です。結局、シュートを打たせない雰囲気を作った子供たちも不利益を被るのですが、おかしな話です。

シュートを打たない子供や窓を開けない子供に問題があるのではなく、その背後にあるチームメイトや学生同士の足の引っ張り合いが実は根源にあります。足を引っ張り合う集団に属する人々の行動は、より「消極的」になり、「シュートを打たないフォワード」たちの集まりとなり、勝てないチームや窓を開けられないクラスが形成されます。まさに非協力者たちの低位均衡です。

ですのでクラスについて言えば、クラスが消極的(成績も低くなる)な場合には、概してクラスメートが、お互いに阻害しあっている場合がほとんどです。

これはチームやクラスに限ったことではなく、低迷して発展性の乏しい社会や企業にも共通することではないでしょうか。積極的にシュートを打ったり、積極的に窓を開けたりすると、成功失敗関係なく、その行動に拍手をしてあげられるチームメイトやクラスメートたちを作らねばなりませんが、その教育には十年単位の時間がかかります。同様にこの社会の雰囲気も一朝一夕にできたものではありません。

個人のあり方と集団の活力には密接な関連がありますが、さて皆さまの属する集団はいかがでしょうか。いきいきとした活力はありますでしょうか。

今生きていれば85歳の先代五十三世に言われた言葉ですが、金言です。

「自分がいいと思ったことは迷わずにすぐやりなさい」

お釈迦様の御言葉にも似ていると思っております。

合掌 常 範空 m(_ _)m

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